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福岡地方裁判所 平成5年(タ)112号 判決

原告

今村こと

余鉱大

今村こと

余貴子

原告両名訴訟代理人弁護士

古本栄一

被告

松山こと

文鐘業

福岡地方検察庁検事正

村山弘義

主文

一  原告余鉱大と被告文鐘業との間に父子関係がないことを確認する。

二  原告余貴子と被告文鐘業との間に父子関係がないことを確認する。

三  原告余鉱大の被告福岡地方検察庁検事正村山弘義に対する訴えを却下する。

四  訴訟費用中、原告らと被告文鐘業との間に生じた分は被告文鐘業の負担とし、原告余鉱大と被告福岡地方検察庁検事正村山弘義との間に生じた分は原告余鉱大の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項と同旨。

2  原告余鉱大と訴外亡余柄完との間に父子関係が存することを確認する。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告福岡地方検察庁検事正村山弘義)

1  原告余鉱大の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告余鉱大の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの母訴外今村富士子こと朴順德(国籍韓国。以下「訴外朴」という。)は、昭和三六年三月ころ、熊本市健軍町〈番地略〉において、被告文鐘業(国籍韓国。以下「被告文」という。)と事実上の夫婦関係を結び、同年一二月五日、熊本市長宛に被告文との婚姻届を提出して受理された。

2  訴外朴は、昭和三八年五月ころ、被告文との夫婦関係が破綻したため、実家である熊本県球摩郡免田町に戻って被告文と別居するに至り、以後、今日に至るまで離婚届を提出しないまま被告文との接触を完全に断っている。

3  訴外朴は、昭和四五年三月ころ、福岡市塩原橋通〈番地略〉に住所を有する訴外余柄完(国籍韓国。以下「訴外余」という。)と同棲を始め、訴外余と夫婦関係を続けるうちに懐妊し、昭和四六年三月一六日、福岡市で原告余鉱大(以下「原告鉱大」という。)を分娩した。

4  訴外余は、昭和四六年四月三〇日、福岡市長宛に原告鉱大を任意に認知する旨の届出(受理番号第九七九号)及び訴外朴との婚姻届出(受理番号第九八〇号)をそれぞれ提出した。その結果、訴外朴は、被告文及び訴外余との間に重婚状態を生じるに至った。

5  さらに、訴外朴は、訴外余と夫婦関係を続けるうちに懐妊し、昭和四七年一二月一九日、福岡市で原告余貴子(国籍韓国。以下「原告貴子」という。)を分娩した。

6  訴外朴が原告鉱大及び同貴子を懐胎したと思われるいずれの時期にも被告文の消息は知れず、訴外朴は、被告文との間に何ら夫婦間の交渉はなかったし、訴外余以外の男性との性交渉も一切なかった。

7  訴外余は、昭和四八年七月二七日、死亡した。

8  よって、原告鉱大及び同貴子と被告文との間に父子関係は存在せず、また、訴外余がした前記認知届は有効と解されるので右原告鉱大と訴外余との間に父子関係が存在するところ、今般原告らは、日本国に帰化するに際し、当局から右父子関係の存否確認訴訟の提起を求められたので、その確認を求める。

二  請求原因に対する認否(被告福岡地方検察庁検事正村山弘義)

請求原因のうち訴外余が死亡した事実は認め、その余は不知。

三  被告文は、公示送達による呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しないうえ、答弁書その他の準備書面を提出しない。

第三  証拠(原告)

一  甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証

二  証人今村富士子こと朴順德、原告鉱大、同貴子

理由

一  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一ないし第四号証、第七ないし第一〇号証、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第五及び第一一号証の各一、弁論の全趣旨より真正に成立したものと認められる甲第五及び甲第一一号証の各二、証人朴順德の証言により真正に成立したものと認められる甲第一二号証、同証人の証言及び原告ら各本人尋問の結果を総合すると、原告ら主張の請求原因事実及び原告らの出生については被告文の韓国戸籍には何ら記載されずに、訴外余の韓国戸籍(戸主余仁洙)にいずれも父訴外余母訴外朴の子として記載されていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

二  まず、原告らと被告文との父子関係不存在確認の訴えについて判断する。

わが国に住所を有する韓国人である原告らとわが国に最後の住所を有していた韓国人である被告文との間の本件渉外的父子関係不存在確認の訴えについては、わが国に裁判管轄権が認められ、その準拠法は当事者双方の本国法を累積的に適用するのが相当であると解されるところ、本件では、原告ら及び被告文ともに韓国籍を有するものであるから、韓国民法を本件父子関係不存在確認の訴えの準拠法として適用することになる。そうすると、同法八六五条は、妻が婚姻中に夫以外の男性との間で懐胎した子で親生子の推定(同法八四四条)が及ばないときは、当該子は右夫との間の親子関係不存在確認の訴えを提起できる旨を定めているものと解されるので、これをもって本件をみるに、前項で認定したとおり、原告らは、いずれも母である訴外朴と被告文との婚姻関係が事実上破綻して同人らが完全に接触を断ってから七年以上経過した時点で出生しており、被告文の子として懐胎されることが外観上も明白に不可能といわざるをえない。したがって、原告らは被告文の親生子と推定されるものではないから、本件父子関係不存在の訴えは適法であるばかりでなく、前項で認定したとおり、原告らは、被告文の子として懐胎される可能性がなく、被告文の子とは認められないから、本件原告らの被告文との父子関係不存在確認の請求はいずれも理由があることになる。

三  次に、原告鉱大と訴外余との父子関係存在確認の訴えについて判断する。

第一項で認定したとおり、訴外余は昭和四六年四月三〇日福岡市長に対して原告鉱大を認知する旨の届出をし、訴外余の韓国国籍にはその旨の記載があるから、右認知届が有効であれば、原告鉱大と訴外余の父子関係は右訴外余の認知をもって明らかであり、訴えでもって原告鉱大と訴外余との間の父子関係の存在を確認する利益は認められないと解するのが相当である。

そこで、右訴外余がした右認知の効力を検討するに、平成元年法律第二七号による改正前の法令一八条一項によれば、本件において訴外余がした右認知の効力についての準拠法は韓国民法になるところ、任意認知について規定した同法八五五条は、一般に、子が親生子の推定を受けているときは親生否認の訴えによって否認されない限り認知できないが、子が親生子の推定を受けない婚姻中の出生子である場合には、父子関係不存在確認の訴えによって戸籍上の父が親生父でないことが確定された後でなければ認知届は受理されないと解されている。しかし、本件のように、既に認知届が受理され、被告文の韓国戸籍からは原告鉱大の親生子の推定が明らかでなく、同被告との間の父子関係不存在確認の請求が認容されるときは、既に認知届が受理された子の利益を保護する趣旨から、右訴外余の認知届は有効なものと解するのが相当である。

そうすると、本件において原告鉱大と訴外余の父子関係は明らかであり、これを訴えでもって確認する利益は認められないことになる。

四  以上の理由により、原告らの被告文に対する本訴請求はいずれもこれを認容するが、原告鉱大の被告福岡地方検察庁検事正村山弘義に対する本件訴えはこれを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官中山弘幸)

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